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名古屋高等裁判所 昭和63年(ネ)351号 判決

控訴人 国

代理人 天野登喜治 木田正喜 西口武千代 ほか四名

被控訴人 山田鈑金工作所こと山田晃義

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金六〇七万六五五二円及び内金六〇七万六五三五円に対する昭和六一年一〇月八日より支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決並びに仮執行の判決を求め(原審における請求を、当審において右のとおり、請求の減縮をした)、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に訂正・付加する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(但し、原判決三枚目裏八行目の「日本火災海上」の次に「保険」を加える)。

(控訴代理人の陳述)

一  原判決四枚目表四行目から同一〇行目までを、次のとおり改める。

「7 訴外中根は、被控訴人との和解に基づき、平成二年六月まで一か月金二万円宛分割弁済をしたので、被控訴人はこれを法定充当したところ、本件事故による損害賠償債権の残は、金六〇七万六五三五円とこれに対する昭和五八年一一月三〇日より昭和六一年一〇月七日までの間の民法所定年五分の割合による遅延損害金の残金一七円との合計金六〇七万六五五二円及び内金六〇七万六五三五円に対する昭和六一年一〇月八日より支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金ということになった。

よって、控訴人は被控訴人に対し、右金員の支払いを求める。」

二  被控訴人の後記主張は、争う。

(被控訴代理人の陳述)

原判決七枚目裏六行目と七行目の間に、行を変えて次のとおり加える。

「(四) 訴外大島の遺族は、事故を起こした運転者には補償を請求するつもりだが、保有者である被控訴人には請求するつもりはないと意思表示し、また、被控訴人が、本件事故直後に、加害関係少年及びその親達を集めて、補償問題を話し合ったとき、無断で乗り出した自分達が悪いのだから、被控訴人には迷惑をかけないと言い合い、殊に訴外中根が、自分が責任をもって弁償すると断言したことによって、被控訴人は補償問題から免責されたと理解した経緯のある本件においては、訴外大島の遺族が自賠法七二条に基づき政府の保障事業に請求したのは、運転者に対する損害賠償請求権を行使したものであることが明らかであるから、政府が被害者救済の立場から、その損害を補填したからといって、運転者に対してなら格別、被控訴人に対しても、自賠法三条の責任を無理矢理追及して、同法七六条に基づき被害者に代位することは、正義公平に反する感を拭いえず、信義誠実の原則にも反するものである。」

(証拠関係) <略>

理由

一  昭和五七年五月二日午前一時四五分頃、愛知県刈谷市小垣江町本郷下四四番三先交差点において、訴外中根の運転する本件車両が事故を起こし、訴外大島が脳挫傷により死亡したことは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、訴外中根は、本件車両を運転して、事故現場交差点を、小垣江町御茶屋下方面から山田鈑金工作所方面に左折した際、ハンドル操作を誤って道路左側端に寄りすぎた結果、本件車両左側を小走りで伴走中の訴外大島を、同車左側面で道路左側ブロック塀に強圧・転倒させ、このため同人に脳挫傷の傷害を負わせたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、被控訴人に運行供用者責任があるかどうかについて、検討することとする。

1  被控訴人が、自宅から自動車で一五分位離れた本件工場において、「山田鈑金工作所」の商号で鈑金業を営み、本件車両を所有して、これを本件工場内において占有・管理し、もっぱら本件工場の構内において、荷物の積み降ろし作業に用いるフォークリフトとして使用していたことは、当事者間に争いがない。

2  <証拠略>によると、次の事実を認めることができる。

(1)被控訴人の長男である山田勝義(本件事故当時一七歳)は、昭和五五年一〇月頃から本件工場で稼働するようになり、昭和五六年秋頃以降は、本件工場内にある中二階の部屋(以下「本件部屋」という)で、留守番のため寝泊りしていた。(2)本件部屋は、勝義と同年輩のオートバイを乗り回す仲間らの溜まり場になっていた。そして、昭和五七年一月、右仲間ら約一〇名が本件部屋で、白崎信雄をリーダーにして「ロックンロール・ロードライダー」というグループを結成した。勝義も右グループに加入していたが、自動二輪の運転免許は持っていなかった。「ロックンロール・ロードライダー」は、その後メンバーが一三名になったが、愛知県刈谷警察署によって暴走族とみなされ、同年四月一五日解散を命じられた。(3)勝義は、白崎を通じて訴外中根と知り合った。訴外中根は本件事故までの間に、五回位本件部屋に遊びにきた。勝義の友人を親しい順に並べると、白崎、後藤治、山下隆幸、渡辺秀一、稲垣岳司、宝木優、若狭裕司、中沢富成、訴外中根(当時いずれも一七歳)ということになるが、いずれも元「ロックンロール・ロードライダー」の一員である。(4)訴外中根は、昭和五七年五月一日(土曜日)午後七時頃、遊ぶ目的で本件部屋へ行ったところ、勝義と後藤がいた。勝義は後藤とともに同日午後七時三〇分頃本件部屋を出て、一旦自宅に戻り、被控訴人の三男輝義(当時一五歳)に本件工場の留守番を頼んだうえ、友人宅に向かった。輝義の許には、その友人である訴外大島(当時一五歳)が遊びにきていた。同日午後一〇時二〇分頃、輝義と訴外大島が本件部屋に行くと、訴外中根の外、渡辺、山下、中沢がいた。その後稲垣と附柴信夫もきて、皆で缶ビールを飲み、菓子を食べて、雑談をするうち、翌五月二日午前零時頃宝木と若狭も加わったが、同日午前一時三〇分頃には、若狭、山下、渡辺、附柴の四名が帰っていった。(5)同日午前一時四〇分頃、最後まで残った者も帰ろうとして、本件部屋から本件工場内に降りてきたとき、出入り口の西側シャッターから約一二・七メートル奥のところに、車首を東に向けてやや斜めに止めてあった本件車両を見つけ、エンジンキーがついていたので、好奇心から乗り出そうとして、訴外中根が乗り込み、本件車両をバックで運転して西側シャッターから外に出て、本件工場外の敷地で、建物から約八・二メートルのところまできた。そこで、中沢が交代して運転席につき、輝義を除く他の者、即ち、訴外中根、稲垣、宝木、訴外大島は、乗車装置もないのに、運転席の右横や後部に乗り込んで、本件工場の前付近の道路を長方形の形状で左回りに一周すべく、南西に向かって運転を開始した。輝義は訴外大島に乗らないよう注意をしたものの、誰も聞く者はなかった。中沢は道路に出てから一度左折して約二一六・五メートルきたところで、本件車両を停止し、訴外中根に運転を交代した。そこで、訴外中根は再び運転を開始し、また一度左折して、約九九メートル進行した二度目の左折地点で本件事故を起こしたが、その際訴外大島は本件車両に乗車せず、その左側を小走りで伴走していて、本件事故に遇った。また宝木は、危険を感じて本件車両から飛び降りようとした際、左足を本件車両とブロック塀に狭まれ、左下腿足挫創挫傷、腓腹筋開放性断裂の傷害を受けた。輝義は本件工場の前で本件車両が戻ってくるのを待っていたところ、最後の左折をした途端に本件事故を起こした本件車両を、遠くで目撃した。なお、本件車両が走行した経路は、別紙フォークリフト走行経路略図に図示されたとおりである。(6)本件工場は、南西から北東に向かって長いほぼ長方形の形状をしているところ、本件部屋は、その西隅の一角にあり、本件工場の出入り口である西側シャッターを入って、すぐ左手にある階段を上がり、本件部屋に入るドアを開けると、四、五畳ほどの細長い部屋があり、その右手奥に約一二畳の部屋があって、奥の部屋は本件工場内に突き出るような形をしている。本件工場の内部の概要は、別紙本件工場見取図のとおりである。本件部屋から階段を数段降りれば、本件工場内には常夜灯が点灯しているので、本件車両が停車しているのを見通すことができる。本件車両の停車位置から西側シャッターまでは、通路状の直線的な空間となっており、その運行を妨げるような機械や荷物が置かれていなかった。(7)本件車両は、全長二・六〇メートル、全幅一・〇メートル、全高一・九メートルで、一トン荷重の性能をもつが、小型特殊自動車であるため、道路運送車両法四条による登録をする必要がなかった。また、構内自動車であるため、自賠責保険に加入していなかった。本件車両の運転方法は、フォーク部分の昇降を除けば、通常の自動車とほぼ同様であるが、前輪駆動、後輪操向のため、ハンドル操作が多少難しかった。(8)被控訴人は、本件部屋にオートバイに乗った勝義の友人がよく遊びに来て、午後一二時頃まで居ることもあると認識しており、作業場内に立ち入ったり、機械等に触れないよう厳重に注意していたものの、友人らの出入りを禁止していたわけではなかった。被控訴人は、白崎、後藤、稲垣、宝木、渡辺等と顔見知りであったが、訴外中根は知らなかった。(9)被控訴人は、昭和五七年五月一日午後七時三〇分過頃、所要のため本件工場を出た。本件車両のエンジンキーは、被控訴人が本件車両から抜いて、本件工場の右奥に隣接する事務所にある引き出しに片づけるのが通常であったが、この日は急いでいたため、抜くのを忘れた。被控訴人の妻山田幸子は、右事務所で事務関係の残業をした後、午後一〇時過頃西側シャッターから出て帰宅したが、勝義が間もなく戻るものと思い、シャッターに施錠をしなかった。

以上の事実を認めることができ、<証拠略>の一部、<証拠略>の一部は、前掲各証拠と対比して信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  本件車両は、前記認定のとおり、本件工場の構内において、荷物の積み降ろし作業に用いられる自動車であるため、自賠法一〇条により、自動車損害賠償責任保険の契約の締結を強制されるものではないが、同法一〇条は同法三条の適用を除外していないから、このような自動車が事故を起こした場合に、その保有者が当該自動車の運行支配を有していると認められる限り、同法三条により運行供用者責任を負担すべきことはいうまでもない。

本件の場合、前記認定の事実によると、訴外中根及び中沢が本件車両を運転する際、被控訴人の三男輝義が側にいたのに、右運転を阻止するに実効ある行動に出ず、最後にはこれを黙認したとも見受けられるが、輝義は当時一五歳であって、被控訴人が同人に本件車両の運行を許していたと認めるに足りる証拠はないから、結局、訴外中根及び中沢の運転は、被控訴人からすれば、無断運転に該当するものといわなければならない。

ところで、無断運転の場合に、その保有者になお運行支配が存するか否かは、結局のところ、客観的にみて、第三者に車の運転を容認していたとみられても、やむをえない事情があったかどうか、によって決定するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定の事実によると、本件車両が保管されていた場所は、出入り口である西側シャッターにより外界から隔絶された本件工場内であるとはいえ、本件工場内にある本件部屋は、夜遅くまで、警察が元暴走族とみている、オートバイに乗って遊びに来る、勝義の友人達の溜まり場になっており、そのことは被控訴人も知っていたが、当日は右シャッターに施錠されていなかったため、勝義の友人達は自由に本件工場内に入ることができたこと、しかも、本件自動車は目につきやすい場所に停車してあったうえ、当日はエンジンキーがつけられたままであり、構内自動車であるといっても、フォーク部分の昇降を除けば、通常の自動車と同様の操作で運転することができ、バックで直線的に運転すれば、容易に本件工場の外、ひいては道路上に乗り出すことが可能であったこと、本件車両を運転したり乗車したのは、訴外大島を除き、いずれも本件部屋に集まる勝義の友人達であり、そのうちの稲垣、宝木は、被控訴人の顔見知りであったこと、中沢や訴外中根は無断運転をしたとはいえ、道路を一周すれば本件車両を返還する予定でおり、事実本件工場の方向に向け、三度目の交差点を左折した際、運転開始から、距離にして約三一五・五メートル、時間にしてせいぜい五分後に、本件事故が発生したというのであるから、これらの事情を客観的に見た場合、少なくとも勝義の友人達に本件車両の運転を容認していたとみられても、やむをえない事情があったというべきであるから、被控訴人の本件車両に対する運行支配は、本件事故の時点でもなお及んでいたものと認めるのが相当である。

4  そして、前記認定の事実によると、訴外中根の運転行為と訴外大島の本件事故による死亡との間に、相当因果関係の存することは、いうまでもない。

5  被控訴人は、訴外大島は自賠法三条にいう「他人」に当たらない旨主張する。

なるほど、前記認定の事実によると、訴外大島も訴外中根らの無断運転に賛同し、本件車両に乗車するなどして、好奇心を満足させ、その運行による利益を享受していた面もないではない。しかしながら、訴外大島は当時一五歳の少年であって、いわば付和雷同的に乗車したに過ぎないから、二歳年上であった本件車両の運転者と、同等の運行支配を有していたとは到底いえず、また、被控訴人との関係においても、その運行支配は、間接的、潜在的、抽象的であり、しかも、本件事故は、乗車中ではなく、伴走中に起こったのであるから、訴外大島は、自賠法三条にいう「他人」に該当するものというべきである。

6  したがって、被控訴人は本件事故につき、運行供用者責任を負担するものといわなければならない。

三  そこで、訴外大島が本件事故により蒙った損害について、検討することとする。

〈証拠略〉によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  葬儀費 金一八万五七〇〇円

(2)  逸失利益 金一七七六万三五三五円

訴外大島は事故当時一五歳男子、一八歳男子の平均給与月額一一万七二〇〇円、生活費五〇パーセント控除、一五歳から六七歳まで五二年就労可能、新ホフマン係数二五・二六一として算定

117,200×12×(1-0.5)×25.261=17,763,535

(3)  慰謝料 金七〇〇万円

(4)  過失相殺

訴外大島の過失割合は七五パーセント、これを右総損害から減額

(5)  相続

訴外大島は本件事故により死亡したので、同人の有する損害賠償請求権を、同人の父母である大島政光及び大島伸子が、相続により承継取得した。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

四  前示のとおり、本件車両は、自賠法に基づく責任保険の契約が締結されていない車両であったところ、<証拠略>によると、自賠法七七条に基づく業務委託会社である日本火災海上保険株式会社は、大島政光及び大島伸子の請求に基づき、昭和五八年一一月四日、訴外大島の損害のてん補として、金六〇七万六五三五円を給付したこと、そこで、控訴人は同月二九日右会社に対し、右てん補金を支払ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、控訴人は、自賠法七六条一項により、右てん補額の限度において、訴外大島の相続人らが被控訴人に対して有する損害賠償請求権、即ち、右てん補額六〇七万六五三五円及びこれに対するてん補の日の翌日である昭和五八年一一月三〇日より支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を代位取得したものというべきである。

これに対し、被控訴人は本件車両のような構内自動車には、自賠法七二条は適用されない旨主張するので、この点について判断することとする。

なるほど、人身損害が生じた場合に、自賠法七二条一項後段によって、政府の自動車損害賠償保障事業の適用を受けうるのは、責任保険の被保険者及び責任共済の被共済者以外の者が、同法三条の規定によって損害賠償の責に任ずる場合であるが、その括弧書きによって、その責任が同法一〇条に規定する自動車の運行によって生ずる場合が除かれているから、本件車両のように、構内自動車の運行によって生じた損害の場合は、その適用が除外されていると解されるかのようにみえる。しかしながら、構内自動車といえども、本来の用途から外れて、道路上を運行している際に事故を起こした場合には、自賠法に反して責任保険または責任共済の契約を締結しないまま、自動車を運行の用に供した場合と異なるところがないから、結局、構内自動車の運行によって生じた損害について、政府の保障事業の適用を受けられないのは、この種の自動車が工場内等で運行されている場合の事故に限られ、道路上の事故の場合は、一般の自動車による事故の場合と同様に、右保障事業の適用を受けうるものと解すべきである。そして、このように解することがまた、道路上における自動車の運行によって生じた、不特定の第三者の損害をできるだけ救済するため、自賠法により設けられた、政府の自動車損害賠償保障事業の目的・趣旨にも合致するものといわなければならない。

したがって、本件車両には自賠法七二条が適用されないという、被控訴人の主張は、採用できない。

なお、<証拠略>によれば、訴外大島の遺族は、その通夜の席で、訴外中根には損害賠償の請求をするが、被控訴人には一切請求しないと述べたこと、また本件事故当日の早朝、加害関係少年らとその親達が集まった際、補償問題に関して被控訴人には一切迷惑をかけないという話が出たことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、<証拠略>によると、訴外大島の遺族が右のようにいったのは、被控訴人に対し直接損害賠償の請求をするようなことはしないという趣旨であることが認められ、右各証拠によっても、訴外中根に資力がないため、政府の保障事業に救済を求め、その結果被控訴人に責任が及ぶことまで念頭において、右のような発言をしたとは解されず、他にこのように解すべきであると認めるに足りる証拠はないから、控訴人が自賠法七六条一項によって代位取得した損害賠償請求権に基づき、被控訴人に本訴請求することをもって、正義公平に反するとか、信義誠実の原則に反するとみることはできない。

六  以上の次第で、控訴人が代位取得した損害賠償請求権から、すでに訴外中根より弁済を受けたことを、控訴人において自認する金額を控除した、金六〇七万六五三五円とこれに対する昭和五八年一一月三〇日より昭和六一年一〇月七日までの間の民法所定年五分の割合による遅延損害金の残金一七円との合計金六〇七万六五五二円及び内金六〇七万六五三五円に対する昭和六一年一〇月八日より支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、理由がある。

よって、右と異なる原判決は不当であるから、これを取り消したうえ、控訴人の本訴請求を、正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条前段、八九条を適用し、仮執行の宣言についてはこれを付するのは不相当と認め、これをつけないことにして主文のとおり判決する。

(裁判官 海老塚和衛 水野祐一 喜多村治雄)

フォークリフト走行経路略図〈省略〉

本件工場見取図〈省略〉

〔参考〕第一審(名古屋地裁昭和六二年(ワ)第九九〇号昭和六三年六月一〇日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金六〇七万七一三〇円及び内金六〇七万六五三五円に対する昭和六〇年五月三一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 事故の発生

昭和五七年五月二日午前一時四五分ころ、愛知県刈谷市小垣江町本郷下四四番三先交差点において、訴外中根富士夫(以下「訴外中根」という。)運転の小型特殊自動車(フォークリフト、以下「本件車両」という。)が左折した際、その左側を小走りで伴走中の訴外大島明(以下「訴外大島」という。)を同車左側面で道路左側ブロック塀に強圧・転倒させ、同人を脳挫傷により死亡させた(以下「本件事故」という。)。

2 責任原因

被告は、本件車両を保有するものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき損害賠償責任を負う。

3 損害

訴外大島は、本件事故により少なくとも以下の損害を被つた。

(一) 葬儀費 一八万五七〇〇円

(二) 逸失利益 一七七六万三五三五円

訴外大島は、本件事故当時一五歳の男子であったので、一八歳男子の平均給与月額一一万七二〇〇円を基磯とし、生活費を五〇パーセント控除し、一八歳から六七歳までの逸失利益を算定すると、次のとおり一七七六万三五三五円となる。

117,200×12×(1-0.5)×25.261=17,763,535

(三) 慰謝料 七〇〇万円

(四) 過失相殺による減額

訴外大島の過失割合を七五パーセントと認め、これを総損害から減額する。

4 相続

訴外大島は、本件事故により死亡し、同人の有する損害賠償債権を、同人の父母である訴外大島政光及び大島伸子が相続により承継取得した。

5 自賠法七二条一項に基づく損害のてん補

本件車両は、自賠法に基づく責任保険の締結されていない車両であつたため、自賠法七二条一項に基づき、昭和五八年一一月四日自賠法七七条に基づく業務委託会社である日本火災海上株式会社から右相続人らに対し、損害のてん補金六〇七万六五三五円が給付され、原告は、その後同月二九日同会社に対し右てん補金を支払つた。

6 自賠法七六条一項に基づく代位

右給付の結果、原告は、自賠法七六条一項に基づき、右給付額を限度として訴外大島の前記相続人らが被告に対して有する損害賠償債権を代位取得した。

7 よって、原告は、被告に対し、損害賠償金六〇七万六五三五円とこれに対する昭和五八年一一月三〇日から昭和六〇年五月三〇日までの間の年五分の割合による遅延損害金の残金五九五円との合計金六〇七万七一三〇円の支払及び右内金六〇七万六五三五円に対する昭和六〇年五月三一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1は事故態様を除き認める。事故態様は不知。

2 同2は否認する。

3 同3は否認する。

4 同4ないし6は不知。

5 同7は争う。

三 被告の主張(抗弁ないし反論)

1 運行供用者性について

(一) 被告は、本件事故当時から現住所に居住し、自宅から車で約一五分ぐらい離れた刈谷市小垣江町本郷下四七番地の工場(以下「本件工場」という。)において「山田鈑金工作所」という商号で鈑金業を営み、本件車両を所有し、本件工場内でこれを占有・管理していた。

(二) 本件車両は、もっぱら構内において荷物の積み降ろし作業に用いるフォークリフトであるが、訴外中根は、被告と雇用関係のない第三者であり、本件事故発生日時の直前の深夜に、本件工場から本件車両を被告に無断で持ち出し、本来の使用目的に反して工場外の道路を走行して本件事故を発生させたものであり、いわゆる泥棒運転にあたるから、訴外中根が運行供用者責任を負うものである。

(三) また、被告には、本件車両の管理上も過失がない。

(1) 本件車両は、夜間は暗い本件工場内の各種機械に囲まれた奥の中央(訴外中根が乗り出したと思われる西側のシャッターから東へ約一四~五メートル離れた所)に置いてあり、容易に外に持ち出し得ない安全な場所に保管してあった。

(2) 被告は、事故前日は午後一〇時ころまで本件工場内で作業していたが、最後に工場を出る際被告の妻が西側のシャッターを下ろして工場を閉鎖状態にした。

(3) 本件工場には、西側のシツヤターの左から階段で上がる二階部分があり、被告の長男勝義(以下「勝義」という。)が寝泊まりしているが、勝義の友達が遊びに来ることはあっても、広い工場内を自由に出入り通行できる状態ではないし、事故当時勝義は本件工場にはいなかつた。

(4) 事故直前に本件車両にエンジンキーが差し込まれた状態であつたとしても、閉鎖された工場内に保管する場合であるから、これを路上駐車中の自動車にエンジンキーをつけたまま放置した場合と同一に論じることはできない。

(5) 以上の事実に照らすと、被告は、本件事故当時運行供用者性を喪失しており、運行供用者責任を負わない。

2 相当因果関係について

本件車両にエンジンキーを差し込んだままであつたとしても、第三者の自由な立入りを禁止する構造を有する工場内に保管してあつた本件の場合は、これを窃取した訴外中根が惹起した事故による損害との間には相当因果関係がない。

3 他人性について

訴外大島は、訴外中根が本件車両を窃取して運転する際、訴外中根の運行に同調し、便乗していたものであり、その後本件車両を降りて伴走していたとはいえ、本件車両の運行を支配し、運行利益を享受していたものであり、共同運行供用者にあたるから、自賠法三条の「他人」にあたらない。

4 政府の保障事業について

(一) 政府が自賠法七二条一項によって損害をてん補する場合は、自動車の保有者が明らかでない場合(同条前段)と、責任保険の被保険者及び責任共済の被共済者以外の者が、第三条の規定によって損害賠償の責任に任ずる場合(その責任が第一〇条に規定する自動車の運行によって生ずる場合を除く。)である(同条後段)。

(二) 自賠法一〇条によれば、責任保険の契約の締結強制の規定(五条)などは、国などが政令で定める業務又は用途のため運行の用に供する自動車及び道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車については適用しないと定めている。

(三) 本件車両は、いわゆる構内自動車すなわち道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車であるから、自賠法七二条一項後段かっこ書により、本件事故についての損害は、政府の保障事業の範囲外であり、自賠法七二条の適用の余地はない。

したがつて、原告の請求はこの点からも失当である。

四 被告の主張に対する認否、反論

1 運行供用者性について

(一) 被告の主張(一)の事実は認める。

(二) 同(二)のうち、本件車両がもつぱら構内において荷物の積み降ろし作業に用いるフオークリフトであることは認めるが、本件が訴外中根の泥棒運転にあたるとの点は否認する。

訴外中根は、被告の長男勝義とは元暴走族グループの仲間であり、本件事故前日の夜も勝義の住む本件工場二階に遊びに来ていたものであるから、被告と全く人的関係がない第三者とはいえない。また、訴外中根は、あとで本件工場内に戻すつもりで本件車両を一時使用したにすぎず、被告の運行支配は失われていない。

(三) 被告には、本件車両の管理上も過失がある。すなわち、被告は、本件工場西側のシヤツターを下ろして工場を閉鎖状態にしたというが、施錠されておらず、訴外中根らが自由に出入りできる状況にあり、また、本件車両の持ち出しも容易であつた。

しかも、本件車両にはエンジンキーが差し込まれたままの状態であり、第三者の運転がいつでも可能な状態にあつたうえ、当夜来合わせた被告の三男輝義(以下「輝義」という。)は、訴外中根に対し、本件車両の運転を助長し、かつ、運転操作を教示する等の言動をしているのである。

2 相当因果関係について

被告の主張は争う。

3 他人性について

訴外大島が本件車両に便乗したり、伴走したりすることによつて好奇心を満足させ、その遂行による利益を享受したとしても、本件車両に対する支配の程度、態様は、本件車両を運転していた訴外中根のそれに比較してはるかに間接的、潜在的、抽象的であるから、訴外大島が自賠法三条の「他人」にあたることは明らかである。

4 政府の保障事業について

自賠法七二条一項後段かつこ書によれば、いわゆる構内自動車のように本来責任保険契約の締結が強制されていない自動車の運行により生じた損害については、政府の保障事業の適用が受けられないとするのが原則である。

しかしながら、右かつこ書の規定の趣旨は、いわゆる構内自動車を法の定める使用目的の範囲内で運行の用に供する場合においてその運行によつて被害を生じたとしても、その損害を政府の保障事業に請求できないとする趣旨であつて、この種の自動車が同法一〇条にいう道路に乗り出して事故を惹起した場合まで政府の保障事業をしてはならないとするものではない。

なぜなら、自賠法一〇条にいう「道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車については適用しない。」とする趣旨は、あくまで責任保険の適用除外車について定めたものであり、同法五条及び七条から九条の三までの規定の適用を除外するに止まるもので、自賠法のその他の条項の適用は排除していないからである。

また、いわゆる構内自動車がその使用目的を逸脱して道路上に乗り出し、事故を惹起させ、不特定の第三者が損害を被つた場合においてまで同法七二条の適用がないとすると、等しく交通事故の被害者でありながら、責任保険、責任共済又は労災保険等の保険制度並びに政府の保障事業のいずれの制度からも救済を受けることのできない者が生じることになり、政府の保障事業制度を設けた自賠法の目的・趣旨からも相当でない。

よつて、本件に自賠法七二条の適用がないとの被告の主張は失当である。

第三証拠 <略>

理由

一 請求原因1(事故の発生)は、事故態様を除いて当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、訴外中根運転の本件車両が事故現場交差点を左折した際、その左側を小走りで伴走中の訴外大島を同車左側面で道路左側ブロツク塀に強圧・転倒させたことが認められる。

二 同2(責任原因)について判断する。

1 被告が本件事故当時、自宅から車で一五分ぐらいの場所にある本件工場において、「山田鈑金工作所」という商号で鈑金業を営み、本件車両を所有し、本件工場内でこれを占有・管理していたこと、本件車両は、もつぱら構内において荷物の積み降ろし作業に用いるフオークリフトであることは、いずれも当事者間に争いがない。

2 <証拠略>によれば、以下の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 訴外中根と被告の長男勝義とは、昭和五七年四月一五日解散した暴走族グループを通じて交友関係のある仲間であり、解散後もグループの仲間が集合することがあり、本件事故前日の同年五月一日夜、訴外中根をはじめとするグループ七、八人と訴外大島及び被告の三男輝義が本件工場二階の勝義の居住する部屋に集合していた。なお、勝義は夕方から出かけており、本件事故前は不在であつた。

(二) その後(五月二日)午前一時すぎころ、グループのうち四人が帰り、訴外中根も帰ろうとし、たまたま一階の工場へ降りてきた際、本件車両を見つけ、好奇心から一時使用するつもりで本件車両の運転操作を開始した。このとき、本件車両は工場西側のシヤツターから約一二・七メートルのところにエンジンキーをつけたまま保管されていたが、訴外中根はエンジンキーを回し、レバーをバツクに入れ、建物の中から敷地まで後退して出てきた(なお、右シヤツターは仲間の誰かが開けたものと推認される。)。

(三) そして、訴外中根は、建物から約八・二メートル出たところで運転をやめ、そこからは訴外中沢富成(以下「訴外中沢」という。)が本件車両を運転し、訴外中根及び同大島らが同乗して工場敷地から道路へ乗り出し、その後、また訴外中根が訴外中沢に替つて本件車両を運転するようになり、訴外大島は本件車両から降りて小走りで伴走中、本件事故が発生した。

(四) 他方、被告は、事故前日は午後一〇時ころまで本件工場内で作業をしていたが、最後に工場を出る際被告の妻が西側のシヤツターを下ろして工場を閉鎖状態にしており(もつとも施錠はされていない。)、また、本件車両は、夜間は暗い本件工場内の各種機械に囲まれた奥の中央(西側シヤツターから約一二・七メートル)に保管してあったので、被告としては、まさか深夜の午前一時半すぎに本件車両を無断で持ち出し、本来の使用目的に反して道路上に乗り出す者がいるとは予測できなかつた。

3 以上の事実関係に照らして判断すると、訴外中根と勝義との間に交友関係があり、また、事故前に輝義が訴外中根と共にいたとしても、このことから、被告と訴外中根との間に、本件車両の使用を許容するような人間関係があるとすることには論理の飛躍があり、訴外中根の運転行為は第三者による一時使用目的の無断運転行為であると認められる。

なお、<証拠略>の中には、輝義が訴外中根に「リフトがある」旨述べたとか、輝義が最初に本件車両のレバーを倒したとかの言動を認めうる供述記載部分もあるが、右各証の全体の趣旨に照らして判断すると、訴外中根による本件車両の無断使用について、輝義の右言動が積極的影響を与えたものとは認められず、右言動を部分的に捉えて、これを被告の管理責任に結びつけることは相当とはいえない。

4 ところで、自賠法三条の運行供用者責任の有無を判断する場合、当該具体的運行の支配という観点からすれば、無断運転者が運行供用者責任を負うのであつて、本件の場合は訴外中根が運行供用者責任を負うことになる。

問題は、右に加えて、無断運転をされた保有者もまた運行供用者責任を負うか否かの判断である。この場合は、一般的・抽象的には保有者は運行供用者責任を負うが、具体的な運行については運行支配を排除され、運行供用者責任を負わない場合がありうるのであつて、保有者が当該車両について人的物的管理責任を果たしているか否かが重要な判断要素といえる。

これを本件についてみると、通常の自動車は、道路上を運行するのを当然の前提としているから、それに見合う管理方法が要請されるものであるのに対し、本件車両は、本来道路以外の場所のみにおいて運行することが予定されている車両であるから、その管理方法も通常の自動車とはおのずから異なるものであり、本件をエンジンキーをつけたまま路上ないし空地に駐車して放置した場合と同一に論じることはできない。

そして、前記2(一)ないし(四)認定の事実関係に照らすと、被告は、未成年の息子たちの交友関係について多少監督不十分の点が見受けられるが、前記3判示のとおり、このことから直ちに本件車両について人的管理責任を怠つたものとまでは認められない。

また、被告は、いわゆる構内自動車である本件車両を、シヤツターを下ろして一応外部から閉鎖状態となつた工場内の中央部分に他の機械と共に保管していたのであるから、たとえエンジンキーをつけたままで置いてあつたとしても、不備があるとはいえず、物的管理責任を怠ったものとまでは認められない。

5 そうすると、本件の場合、自賠法三条の運行供用者責任を負うのは無断運転者である訴外中根であつて、それ以上に被告にまで運行供用者責任を負わせることは相当ではないといわざるを得ない。

三 なお、原告が自賠法七二条に基づき政府の保障事業として訴外大島の相続人らに損害のてん補を行つた点について付言するに、<証拠略>によれば、道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車が道路上で事故を惹起した場合には、被害者(ないし相続人)は政府の保障事業を請求することができるものと解され、実務上そのような取扱いがなされていることが認められるから、本件の場合、原告が無断運転者である訴外中根が自賠法三条の運行供用者責任を負うことを前提として保障事業を行つたことは、責任保険、責任共済又は労災保険等の保険制度によつて救済を受けることのできない被害者を救済しようとする保障事業制度の目的、趣旨に合致するものであり、その限りにおいて是認できるものであるといえよう。

また、国の債権管理の面をみても、<証拠略>によれば、原告は、本件事故について自賠法三条の運行供用者責任を負う訴外中根に対し求償権を行使し、両者間に即決和解が成立していることが認められるから、それ以上に被告に対して求償できないからといつて、債権管理上問題とすべきではないであろう。

四 以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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